陸前高田市役所にて視察。
    東日本大震災の爪あとは未だ癒えていないが、新たな田の造成が進められている光景を見ると、この土地で生きていこうとする人々の執念が感じられ心を打つ。

    物見遊山ではないので、廃墟となって残された建物を見て「すげー」と言うよりも、何もかも失われた状況から立ち上がろうとする人々の姿がうかがわれるモノが見たかった。だが、住宅地造成や瓦礫撤去などの成果は上がっているものの、残念ながら目に見える「形」はまだ少ないようだ。重機とダンプトラックはいたることろにあり、まだまだ復興は端緒についたところと見受けられる。
    市役所がプレハブなのも痛々しい。震災で100人以上の職員が失われたという。

    東日本大震災は、陸前高田市議会の最中に起こり、自宅に戻った議員2名が避難誘導にあたっている最中に落命されたと聞く。市役所の書類は全て流出し、連絡がとれない議員もいる中で決算認定が行われるという、まさに想定外の状況下で行政・議会運営が行われていた。ようやく、役所としての機能が回復してきたところだという。その苦闘振りは、察するに余りある。
    小泉は被災当時の陸前高田市に事業継続計画が存在したか、それは機能したかと質問したが、計画が存在したとしても全てが津波で流失した同市の状況を考えると、愚問だったかもしれない。

    (自治体の事業継続計画についての参考情報)
    http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/denshijichi/

    今、長野市は高度情報化基本計画を改めつつあり、事業継続計画がその下で策定される予定である。最近話題に上る自治体クラウドには、災害時のデータ保全という震災の教訓を反映した側面もある。ところで、長野市議会はどうなのか。陸前高田市の議会被災を教訓に、大規模災害に被災した議会の基本的な機能をどのように継続し復旧するかについて研究し、議会としての事業継続計画を予め用意しておく必要があるのではないかと考えさせられた。

    またBRT(Bus Rapid Transit=バス都市大量旅客高速輸送)についても聴く。長野市は現在BRT又はLRT(Light rail transit=都市旅客鉄道)の導入について、検討を進めている。

    陸前高田市等では、東日本大震災で流出したJ R気仙沼線の仮復旧として、BRTが採用されている。路線の一部に旧気仙沼線の廃線敷がBRT専用道路として利用されている。専用道路部分は定時性・速達性が確保されているが、一般道路部分は遅れることもあるとのこと。バスの運行状況は、一部の駅に置かれたモニタとスマートフォンで確認できる。BRT化によって、鉄道のときよりも便数を増やすことができているとのこと。飽くまで仮復旧としてのBRTであり、沿線自治体は鉄道の復旧を求めていくとの方針であった。
    増便により利便性が増しているのであれば、BRTのままでいこうという意見はないのかと小泉から質問。そのような意見もあるが、復興計画は鉄道駅の復活が前提で立案されており、それによって減便され利便性が劣るようなことがあったとしても、覚悟してくださいと住民には説明しているという。鉄道の持つシンボル性が強く意識されていると感じた。もっとも、このケースでは、ひと続きの線路の中間がBRT化されており、全線が再び繋がることにより広域的な移動の利便性が再び確保されるという観点からも考察が必要だろう(そういう説明はなかったが)。
    今の長野市のBRT、LRTの導入検討は、事実上屋代線の廃線後の公共交通機関として進められている。その決定を待ってからの廃線であるべきではなかったかと今にして思う。もっとも、小泉が議員に就いたときには、すでに議論の大勢が決した後だったのだが。失われた鉄路に変わるシンボル性を獲得していく作業は困難だが、必要なことであり、今後十分議論されなければならない。

    ご高覧ありがとうございます。お疲れさまでした。

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