9月定例会の本会議一般質問に立った。腹立たしい。市長が、我々の祖先のご苦労を、認めようとしないからだ。
    松代大本営跡看板の説明の中の、工事に「強制的な」動員があったとする部分をテープで隠してしまった問題について、小泉は質問した。この件については、朝鮮人のみでなく「住民」の動員も強制的に行われた記述になっていることを、すでにブログで書いた。
    http://koizumikazuma.blog.fc2.com/blog-entry-1429.html

    我々の父祖の代が強制的に徴用されたとの記述は、朝鮮の人々がそうされたとする記述以上に、小泉の関心を引く(朝鮮人の動員に関心がないと言っているわけではないので、念のため)。同胞であり同族である人々が舐めた辛酸に、政治が無関心であってよいはずがない。しかるに、昨日と今日の質問は、朝鮮人労働の強制性を史実として認めよというものばかりで、我々のじいちゃん・ばあちゃんの苦労をきちんと書いておけという議論が皆無だった。日本人のではなく、朝鮮人の徴用の認定ばかりに、貴重な議会の発言権をふり向けるとは、不思議なことではあるまいか。

    加藤市長は、長野市(当時は松代町)住民が背負わされた苦労を、認めなかった。以下に今日の質問・答弁の一部概要を書き起こしておく。



    【小泉一真】地下壕建設に関し、『延べ300万人の住民及び朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され』と説明板に書かれていたような「強制」はあったのか。あらためて市長にうかがいます。
    (略)
    これ、主語は「延べ300万人の住民及び朝鮮人の人々」なんですよ。住民というのは私たちのじいちゃんであり、ばあちゃんなんですよ。僕のじいちゃんはシベリア還りですよ。僕のばあちゃんとかあちゃんていうのは、満州還りですよ。当時そういった不自由を余儀なくされた方っていうのは、日本人にたくさんいたわけなんです。松代もそうだったと思いますよ。そういった、我々のじいちゃんばあちゃんたちが強いられた御労苦に対して、「そういったものはあった」と認めてくださらないのが今の長野市の心なのか。

    【市長】今回の問題につきましては、案内板の表示における文句の、そこの強制という文字に貼ったことが問題の発端でございます。全てが強制であったと取れますので、全てが強制であったか色々な意見があるということにしたわけでございまして、私どもはこの問題について、あったかなかったか、その問題には踏み込まないというのが基本的な考え方でございます。

    【小泉一真】我々のじいちゃん、ばあちゃんたちが今どんな気持ちで市長の言葉を聴いたかっていうのが、ちょっと心配ですね。



    長野市が編纂した
    「長野市誌」には、こうある。



    このほかに東部軍作業中隊などの日本兵と周辺の市町村から徴集された
    国民勤労報国隊、大学高専生と地元中等学校生・国民学校生などが勤労奉仕に駆りだされた。




    国民学校生までをも含む長野市民の労働力の提供があって、松代大本営建設工事は進められた。それに対し、「本当にご苦労なさったことでしょう」と、言いたくなければそれでもいい。しかし、その事実があったことも認めないというのは、市長として不誠実ではないかと感じる。

    小泉からみれば、朝鮮人にばかり気を遣って日本人に気を遣わない答弁をする市長も、日本人よりも朝鮮人の苦労を認めさせようとする議員も、どこかおかしい。我々がいちばんに関心を向けるべき対象は、我々の父祖たる日本人ではないのか。我々の祖先の苦労があって、今の我々の長野市がある。これは右とか左に関係なく、市民と政治が共有すべき理念ではないか。

    ご高覧ありがとうございます。お疲れさまでした。

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