...って、小泉が所属する「改革ながの」のことなんだけど。
    小泉が当選して、数日後のこと。市内某所で、新会派(後の改革ながの)への参加を打診された。

    「質問時間が確保できる」
    「一議員は一常任委員会にしか所属できない。自分の所属以外の委員会の情報交換ができる」
    「先輩議員からアドバイスがもらえる」
    「視察のときも待遇がちがう」

    等々、会派所属のメリットを、これでもかってほど聞かされた後で、こう言われた。

    「会派はなくした方がいい」

    い、今までのは何だったの。前フリ?
    「会派不要」論は、その場ではそれ以上盛り上がらなかったし、現実に会派としてのメリットがある以上はと、新会派への参加を決めた。自分は県庁にいて、そこから飛び出した人間。経験上、組織が「使える」ことは分かっているし、組織の中で独自性を保っていく自信もある。実際、12月議会では、市老人福祉センターの講座受講を有料化する条例改正案に、「改革ながの」でただ一人反対したしね。

    さて、昨日、「改革ながの」の会合があった。議長に申し入れている議会改革に関連し、話しあったのだが、そこでも「会派不要論」が。いい機会なので、議論してみた。

    「会派は要らないと言うのは、会派である『改革ながの』にとって自己矛盾ではないですか」

    反論を要約すると、こんな感じ。

    「会派があると、採決が会派の意向に左右されてしまう。その上、どのような議論でその採決に至ったのか、外部からは分からない。2元代表制の趣旨からすれば、会派はなくてよい。『改革ながの』は、改革志向の会派として、成り立っている」

    うーん分かるような、分からんような...。会派内の議論が、外から見えないというなら、透明度を高めればいいのだろうか。「改革ながの」は志が違うと言っても、それぞれの会派もそれぞれ志を持っているわけで、「改革ながの」が特別なわけではない。
    で、考察してみた。会派が不要との立論は、どうも2種類あるような気がする。

    1. 政治的な立場
    2. 制度としての「会派優遇」を問題とする立場

    1は、特定会派のあり方(あの会派です«笑»)を解決しようとするもの。「改革ながの」の会派不要論は、これに近い気がする。でも、昨日の議論では、あまり出てこなかったが、ほんとは2の方を言いたかったのではないかなあ。なんで会派がエライのか、会派に属さず孤軍奮闘する無所属議員が、なんで苦労しなければならないのか-という視点。
    長野市の会議規則では、会派にはメリットが与えられている。もっとも顕著な例では、5人以上の会派は、代表質問ができる。「改革ながの」は、5人会派なので、12月議会では40分の質問時間がもらえた。
    代表質問しない議員には、個人質問枠7分が割り当てられる。7分では、いかにも短いが、無所属議員は、これでやりくりするしかない。ところが、会派に属していると、会派内の議員間で、時間の融通がきくのだ。小泉は、この手で会派内の他の議員の時間を食い、13分質問した。これぞ、会派に属したメリット-なのだが、そもそも会派優遇がなぜ合理的なのか。議員一人一人が、十分で平等な質問時間をとれるようにするべきではないかとの議論も、成り立つよね。

    なぜ、地方議会の会派は、無所属議員よりも優遇されねばならないのか。この答えが案外難しく、ネットを調べてもなかなか見つからない。議院内閣制の下での話なら、分かるんだけどね。
    以下は、たぶん、こういう趣旨なんだろうという、小泉の解釈。
    政策が近い者同士で徒党を組むというのは、議論が見えなくなるという批判の一方で、判断の効率化・スピードアップにつながる。39人の議員の一人ひとりの政策を、個別の議案ごとに把握するのは、議員たち自身にとっても、議長にとっても、議会事務局にとっても、行政側にとっても、手間がかかる。そんなわけで、採決の合従連衡のうえでも、議事進行の上でも、事務の上でも、議会対策の上でも、グループとして類型的に把握し、効率化が図られてきた。
    その弊害も、指摘されねばならないだろう。会派の優遇は、地方自治法上で定められた制度ではない。法の趣旨と整合するのかという批判は、ありうる。議会審議・議会事務の効率化という、公共の福祉実現が目的であったとしても、それではどの程度が適当なのか。議会定数39人で、あえて会派制度で効率化を図る必要があるのかという議論も、一度はしておくべきだね。

    ただし、これらの会派優遇策の撤廃は、相対的に無所属議員の発言力を増して風通しをよくする効果はあっても、長野市議会における会派の実質的な撤廃には至らないだろうと、小泉は考える。共産党・公明党市議団等の、政党を母体としている会派が、政策グループとして残るのは、もちろんのこと。相対的に多少弱体化したとしても、市長支持の最大会派も残るだろう。
    会派が実質的になくなるときがあるとすれば、全ての議員が、同じ政策理念を持ち、2元代表制の一翼としての議会の使命に目覚めるときなわけで、これはなかなか難しい。会派不要論は、政策目標とするのではなく、諸々の議会改革を進めた結果として到達することがあるかもしれないということなんじゃないかなあ。

    こんな事例もあるらしい。
    「会派撤廃の方針 伊賀市議会・改革推進委」(2010年4月21日)
    http://www.iga-younet.co.jp/news1/2010/04/post-515.html

    「会派の撤廃、継続審議に 伊賀市議会」(2010年4月26日)
    http://www.iga-younet.co.jp/news1/2010/04/post-519.html

    「改革ながの」では、来年、「会派制をとらないことを申し合わせ(平成23年5月~)」た鳥羽市議会を視察する予定。
    http://www.city.toba.mie.jp/shisei/shigikai/index.html

    ところで、無所属議員の控え室は、個室。これだけは羨ましい。

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